私の原点

2024-11-20

今日は託児の日だった。

そして、今日、
お客さま(もちろん、
お預かりしている
お子様のお母様)から、
嬉しいお言葉を伺った。

その言葉を聞いて、
私の原点を思い出した。

私の原点は「私」を残したいということ

今日伺った嬉しいお言葉。

それは
「西村さんがご自身の
お子様へ関わる時の
関わり方を見て
「いいな」と思って
ここに預けることに
決めたんです。」と。

もう、私への一番の褒め言葉笑

私の生き方
私の生活の仕方
ライフスタイルを見て
「預けたい」と思って
くださったってことだから。

コーチングも
カウンセリングも
託児も
他のなんでもそうだけれど
「私」の思っていることが
影響を与えて
私のサービスを使いたいと
思ってくださったこと。

それが何より
嬉しいことだと思っている。

私は私の生き方を
伝えたい人だから。

私は私の生き様を
後世に残したい人だから。

少しでも「私」の思想や
「私」の考え方が伝染して
私と同じようにやってみて
その人なりの成功法則を見つけていく。

それが私、とても好きなんだって
今日再認識した。

子育ては最高の「残す」こと

前述した視点でいくと
子育てって、最高の「残す」ということ。

私の場合
母から受け継いできたこと
たくさんある。

私の料理好きなところは
母から受け継いだと思っている。

例えば
裁縫。
これも母から受け継いだ。

母親らしいこと。

私、やりたかったんだって、
今なら強く言える。

母親らしいっていうのは、
私の母がやっていたことを
やれれば母親らしいって
言えるのかなと思っている。

今の目下の目標は
「義母を看取ること」だ。

いや、私がやりたいだけで、
お義母さんはどう思っているか
わからないけどね笑

旦那が次男だから、
長男のお嫁さんがどう
思うかもわからないし、
実現するかどうかもわからないけどね。

でも、私はやりたい。

だから、いつかできるように
準備だけはしている。

※看取る=介護だと思っているから
今、少しずつ介護の勉強をしている。

で、話が逸れたけれど、
母の育ててもらって、
母親のいいなと思う部分は
全部吸収してきたんだと
私は思っている。

だから、母が亡くなったとしても
母が教えてくれた「食べること」が
好きな自分や
「自分で作って食べる」喜びや
「自分で考えて作る楽しさ」は
無くなったりしない。

だから、母が亡くなっても
私の中で生き続けるんだと
思っている。

同じようなことがしたいと
私は思っていて
それは子育てをすることが
一番の方法だと思っている。

だから私は子育てしたいんだと
思うんだ。

後世に引き継ぐ。

それがやりたいから
子育てをする。

遺伝子レベルでもそうだけれど
思想を残す。
そんなことをやりたいと思っている。

生き方を残したい

生き方を残したいという意味で
最近やりたいことが
沸々と湧いてくる。

それはyoutubeや
インスタライブなどで
私の思想を垂れ流しにすること。

いや、私の思想を誰が
聞いてくれるの?って思うけど
売れたいわけじゃないもんね。

いや、売れたらお金になるから
それはそれで嬉しいけど笑

どちらかといえば、
そのyoutubeや
インスタライブを見て
著名人にお会いして
対談ができるようになれたら
それまた楽しいだろうななんて
妄想を膨らます。

その方々と対談できるくらいに
なっている自分。

あ〜それだけ、
私の思想がいろんな人に
伝わって
残って
さまざまな変化を遂げたから
対談できるくらいになっていると
私は想像するのよね。

うん、それはとても良い!
ワクワクする!と思えている(^^)

良い感じに
良い未来が見えてきている。

学びは目的のための手段でしかない

そっか、なんか
書いててパッと晴れたけど
そのために勉強やら
学びを深めたりしていくんだなと
思った。

学びたいものはなんだろう?と
ずっと悶々としていたのだけれど
そうではなくて
「残す」という
目的が先で
それを叶えるために
「学ぶ」
「書く」
「話す」
「育てる」などの
手段があるんだということに
気づく。

今、迷走していたものが
ふわふわしていたものが
ちょっと固まってきたね。

そう、ゆっくりとだけれど
しっかりと固まってきている。

いい感じだぞ〜〜〜!!!

まとめ

私の原点は「残す」ということ。

私が生きている目的は
「残す」ということ。

だから子育てや
発信をしているんだと
今日、再認識したんだ。

私の生き方を残したい。

私そのものが
亡くなったとしても
残っているもの。

それは思想だったり
その思想によって
変わっていったものたちだったり。

そんな未来をワクワクと
考えられた
とても幸福な日だった。