人生を語る人

私は人生を語りたい。

そう、私は残したいんだという話を
ここで書いたけれども。

なぜそう思うんだろう??

何を残したいのか?

私は残したい。

人生を語って、
その先に何を残したいんだろう?

その答えが欲しくて
自分に問いかけをしてみた。

「人生を語って残すことができたら
何を成し遂げられるんだろう?」

何を成し遂げたいんだろう。

その先に何があるんだろう。

それがとっても知りたい。

で、今、自分に問うてみた。

すると返ってくる答え。

「その人たちの記憶に残る」

そう、記憶に残っていたいっていうのは
ずっと思っていることだ。

記憶に残ることで
何を成し遂げたいんだろう?

そこが知りたいのに
なかなか答えが返ってこない。

人の人生を変えたい

質問を変えてみよう。

「人生を語ることで
どんな変化を起こしたいの?」

すると返ってくる答え。

「その人の人生を変えられる」

そうか、私はその人の人生に
変化を作りたいんだ。

その変化を作ったのは
私が残した何かであると
言いたいんだ。

でも、それは
おこがましいんじゃないだろうか?

人の変化を自分が作り出したいだなんて。

まあ、そこを否定してしまったら
何も始まらないから
まずは自問自答を繰り返そう。

あなたのおかげで人生変わった

私はこういわれたいんだ。

「あなたのおかげで人生が変わった。」

この言葉を聞きたい。

そうすることでどんな気持ちになるか?

そりゃ、嬉しいよね。

あ〜やっててよかったって思う。

自分をやっと承認できる。

そっか、承認されたいんだね?

承認されたい?

誰かに承認されたいのではないの。

私が、私を「よくやったね。」と
褒めたいからやりたいんだ。

そう、承認したいのは
自分自身で
自分が自分を承認するためには
「人が人生変わること」なんだな。

そうか、だから今、
コーチングやってるんだ。

私の一言や
私の言動で
人が影響を受け
自分を扱い
自分で自分の人生を
より良いものに変えていく。

そんな活動ができたら
いいなって思う。

影響を出したい

影響を出すことによって
悪い影響も出ることを
十分に承知しながら
話すことをやりたいと
思っている。

今は争いが絶えない。

でも、私は争いを作りたい
訳じゃない。

だからと言って、
争いがダメだという訳じゃない。

争いは必要なこともあるからだ。

って、なんだか小難しいこと
言ってるけどね。

私の言ったことで
傷つく人もいるかもしれない。

でも、それを知った上で
どんな影響が出るかを
想像しながらも
自分の思ったことを
発する人でありたい。

いや、そう
あり続けよう。