サクセスストーリーを望んでいる私

2019-06-12

最近今日の1日の自分のタロットを引いている。

朝できるときもあれば、夜ひくこともある。

が、とにかく毎日引いてアップすることを心がけている。

で、今日のがこれ。

インスタやフェイスブックでは、こう解釈をした。

しかし。

あとから気づいたこと。

まず、戦う相手とは、私自身のこと。

そして、善意とは、自分の中にある善意の像との戦いだったことに気づく。

善意の具体的な部分は、私が私に課している「母親とはこうであれ」みたいな部分。

それから、私とはこうであれ。みたいな、自分像もそう。

私はこうやって、真面目なことを書き始めると、真面目な口調になる。

そして、おちゃらけた場所ではおちゃらけた人になる。

場面々々でかなり、人格が変わるんじゃないか?と思える私。

だから、息子にたいしての私と、他の子どもに対しての私が違いすぎて怖いくらい。

私は私なはずなんだけど、相手に合わせて変わっていく。

そんな自分が見受けられるんだ。

「人と仲良く過ごしなさい」

「人と一緒に生きなさい」

そんなことを言われて育ったからか?

はたまた、三人兄弟の真ん中として育ったからか?

七変化、八方美人なのだ。

と、だいぶ脱線したが、八方美人だから、私というものがわからない。

私自身とは、何者か。

本当の私とは、何者か。

そんなことをずっと考えて苦悩している。

本当は何がしたいのか?

本当は何をするために生まれてきたのか?

そこを見つけるための苦悩の日々だ。

そして、今日はジャンピングカード(引いてるときに飛び出してくる、落ちたりするカード)が出た。

それがこの二枚。

左のカードはカップの6。
過去の私へ愛情を。
今の子どもたちへ愛情を。
そして幸せを噛み締めて。
道は未来につながっている。

そんな言葉が浮かぶ。

だがしかし!息子や娘には怒ってばかり。

息子には手まであげてしまった。

苦悩だぁ。

いや、苦悩していることでなにかを得ているのはわかっている。

苦しい自分が「こんなに苦しかったのに今は抜けました!」的なドラマティックな展開を望んでいるのだろう。

奇跡と呼ばれる状況を起こしたいのではないだろうか。

そんなものは、本当はどうでもいいというのに。

なぜなら、目の前に幸せなこと、ドラマティックなことなんて転がっているのだから。

奇跡は地味に起きるものだと、言い換えればいいのだろうか。

サクセスストーリーを願っていると自覚し、そんなものは存在しないんだと、言い聞かせればいいのだろうか。

まだまだ苦悩していたいというのが、私の答えだろう。

そして、右のカード。
ストレングス。強さ。
やりたいことをやりたいようにやる。
右を向いたり左を向いたりするライオン。
あっちやこっちに逸れる意識を持つ獣。
獣を「大丈夫」と大事に扱い、彼女の本当に行きたい方向へとつれていく。
原動力である獣を使って、自分の行きたいところへいこうとしている。
腹黒いのだ。

自分の目的のために、他者を利用しようとしているのだから。

私の場合、子どもたちを利用しようとしているんだと気づく。

そこに「利用してはいけない」と制限をかけるのもまた、私の中でぬぐいきれない価値観からくるものなんだと思う。

ここで認めてしまおう。

利用したいと思ってるんだと。

いや、利用してもいいんだと思ってるということか。

そうだ、もう、それさえも受け入れていこう。
その隣に立つ女神のような彼女は母性、つまり、私の女性性なのではないだろうか。
それでいて、男性的な先へ進もうとする力も感じる。
これでいい。
そう、強く信じることがとても大事だ。

まとめ

私は私

戦うのはいつも自分自身

自分の心を扱うことの大切さ

私が本当にしたいことは今、探している最中である